風待草の随想録

日々の出来事を徒然に

粗大ゴミ

少し物が増えて部屋が雑然としていたので、持ち物を見直し不要なものを捨てようと思い立った。

部屋を見回すと、ビーズクッションがふと目に入った。しばらく前まで読書の際によく寄りかかっていたのだが、徐々に弾力を失ってきたためか使わなくなっていた。今ではベッド横のオブジェの様に鎮座しているのみである。

寝転がる目的で大きめのものを購入したので、結構な大きさである。捨てれば明らかに部屋が広くなることは分かっていたのだが、読書の相棒であった思い出が、私に捨てることを躊躇させていた。

この半年間、クッションを使っていないという事実と、読書はダイニングテーブルでするようになったこと、今後もそれは変わらないだろうと思いに至り、思い切って捨てることにした。

最後の別れを惜しみ、クッションに寝転がってみる。過去の相棒は私が想像していたより随分とくたびれていた。

 

さて、捨て方である。結構な大きさであったため、粗大ゴミに出すのが妥当と思われたが、分割して普通ゴミで出せるのではと思いついた。

中のビーズが飛び散ったら厄介であるが、なぜか「大丈夫、上手くやればどうにかなる。」と根拠のない自信が私を突き動かした。

ゴミ袋にクッションの端を突っ込み、ハサミを入れてみた。予想外に細かい白いビーズが音もなく広がる。クッションには触れていなくても、静電気でビーズがみるみると広がっていくではないか。

これはまずいと切り口を押さえたら、今度は自分の手に細かなビーズが広がっていく。ビーズまみれになりながら、クッションの端をカバーで覆い、何とか抑え込んだ。

クッションがすっぽり入る大きさのゴミ袋はない。困った挙げ句、IKEAのレジャーシートのような買い物バッグにどうにか押し込んだ。

床に広がったビーズをかき集めては捨て、拾っては捨て、静電気でくっつく性質に手を焼きながら片付けを終え、粗大ゴミの回収を申し込んだ。

 

「大丈夫、上手くやればどうにかなる。」は「大失敗、下手なことをしてどうにもならなくなった。」であった。何事も思いついたら試してみないと気が済まない性分というものは厄介である。